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広島高等裁判所 昭和43年(う)127号 判決 1968年11月21日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、記録編綴の弁護人中川哲吉作成名義の控訴趣意書及び弁護人上寺良雄作成名義の上申書にそれぞれ記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これらに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、弁護人中川哲吉の控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について。

所論は要するに、原判示第二の事実において被告人は藤田裕と恐喝を共謀したことはなく、また被害者らに対し脅迫的行為を行っていないというのである。

そこで記録に基き検討するに、原判示第二の事実に対応する原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示第二の事実は優に肯認することができる。すなわち、右各証拠を総合すれば、被告人は自己の経営する旅館において売春婦として稼働していた原判示岡山英子が前借金及び同旅館で窃取した金員の一部を支払わないまま逃げたので、その親許から金員の支払を受けるべく、原判示藤田裕と相談して原判示日時頃右長崎末子の夫岡山太郎に案内させて原判示黒瀬秀雄方に赴き、同人方において同人及びその内妻福田きみ子に対し右藤田裕が、英子に売春させていた弱身で被害届等をする意思はないのに「お宅の娘さんがうちの旅館に来て両親がなく兄だけで困っているというので可哀想に思い雇い入れたが、借りた金を払わないばかりか手癖が悪く財布から金を盗んでいるのを押えられて飛出した。なにやかで三万五千円の被害を受けたから支払って貰いたい。娘さんは今松永の警察署に捕っているが三万五千円支払えば罪にならないように頼んでやる」などと暗に右金員を支払わなければ右英子が処罰を受けるかも知れない旨申向けて金員を要求していたところ、右福田きみ子が隣室で岡山太郎から被告人らはやくざであるからどんなことをするかも知れないので言うとおりにしてやって欲しい旨告げられ、更に右黒瀬秀雄も同女からその旨聞いてそれぞれ畏怖し、両名は相談のうえ一応被告人らの要求に応ずることとし、被告人らの所に行き右福田きみ子が「手持の金がないので三月一九日まで待って貰いたい」と申出るや、右藤田裕が語気荒く「金がないとは何事か、娘が人様に損害をかけておきながらそんなことが言えるか、これだけの屋形を持って金がないとは何事か」と申向けたため、右黒瀬秀雄らは更に畏怖の念を強め、直ちに被告人らの要求に応じなければ英子が処罰されるかも知れないと考え、金三万五千円を二月一〇日までに送金して支払う旨約束したうえ、同月八日同人から藤田裕宛現金三万五千円を送付したものであること、被告人は右藤田裕が黒瀬秀雄らに対し右のように申し向けている間終始その傍で相槌をうっていたことが認められ、記録を精査するも右認定に反する資料は存しない。右事実によれば、黒瀬秀雄らは岡山太郎から被告人らはやくざである旨聞知して畏怖の念を抱いたものであることは所論のとおりであるが、その後の藤田裕の言動により更に畏怖の念を強め、被告人らの要求に直ちに応じなければ英子が処罰されるのではないかと考え被告人らの要求に応じたものであることが明白であり、藤田裕の右脅迫行為と黒瀬秀雄の金員交付行為との間には因果関係が認められ、また被告人は岡山英子の親から金員の支払を受けるべく藤田裕と相談のうえ黒瀬秀雄方に赴き、藤田裕が同人らを脅迫している間終始その場において同人の言動に相槌をうっていたものであって、被告人と藤田裕は意思を通じ共謀のうえ本件犯行を行ったものというべく、被告人の本件所為を恐喝罪に認定した原判決は正当であり、所論の事実誤認は認められず、論旨は理由がない。

二、弁護人中川哲吉の控訴趣意第二点及び弁護人上寺良雄の控訴趣意(量刑不当の主張)について。

所論は原判決の量刑は重きに過ぎるというのである。

しかしながら、本件各犯行の動機、罪質、態様並びに被告人は昭和四一年八月二四日広島地方裁判所福山支部において売春防止法違反、旅館業法違反被告事件により懲役八月及び罰金五万円に処せられ、三年間懲役刑の執行を猶予せられた原判示第一の犯行と同種前科があるにも拘らず、更に反省の色もなく同様の犯行に及んだものであることなど記録に徴し認められる諸般の事情を考慮すれば、所論被告人に有利なすべての事情を参酌しても原判決の量刑はやむを得ないところであり、重きに過ぎるものとは思料されない。論旨は理由がない。

なお、職権により調査するに、原判決は原判示第二の事実につき恐喝罪及び詐欺罪の成立を認め、両罪を観念的競合の関係にあるものとして刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重い恐喝罪により処断しているところ、記録に徴すれば、検察官は右事実を恐喝罪として起訴し、その後原審第四回公判期日において詐欺罪の訴因を予備的に追加したものであることが明らかである。ところで予備的訴因は本位的訴因の認められない場合に審判を求めるものであるから、裁判所は先づ本位的訴因について審判をなし、その証明のない場合にはじめて予備的訴因について審判をなすべきであって、本件の如く本位的訴因の証明十分な場合にはこれのみを認定すべきであるにも拘らず、原審は本位的訴因と予備的訴因を共に認定したもので、右は訴訟手続の法令違反に該当するが、原審はこれを結局恐喝罪の一罪として処断しているのであるから、右の違法は判決に影響を及ぼさない。

よって刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹島義郎 裁判官 丸山明 岡田勝一郎)

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